勇気のブログ 田辺勇気オフィシャルサイト

2006年11月05日
八幡観光

昨日は、私が秘書時代に、同じ事務所に勤められていて
母の中学・高校時代の同級生でもあり、現在京都市内に住まいされている方と、
東京の国会事務所に勤められていた元秘書の方が
お二人共、着物姿で八幡に観光に来られました。
お二人には大変お世話になっており、八幡市内のガイドをさせていただきました。
京都市内の方は、以前、ご主人が石清水八幡宮で宮司をされており、
八幡のことはよくご存じですが、来られるのは久しぶりとのこと。
東京の方も何度か八幡には来られていますが、いつも支持者まわりばかりでしたので、
八幡を観光されるのは初めてです。
ということで、このような機会は滅多にありませんので、
里帰りをしている妻と長男も駆けつけて5人で八幡めぐりです。
まずは松花堂へ。
お二人共にお茶をされているので、ちょうど良い場所です。
京都市の方は何度か松花堂には来られていますが、
リニューアルしてからは初めてだったそうで、驚いておられました。
次はらくがき寺へ。
らくがき寺のご長女さんは、私とは中学時代の同級生で、
今でも、仲間同士で食事をしたり、家族ぐるみのお付き合いです。
ちなみに、少しの間、玉置事務所にもアルバイトに来ていましたので、
お二方ともよく知っておられるので、行ってみようということになりました。
実は、お恥ずかしい話ですが、私もお寺に入るのは初めてで、
よい経験をさせていただきました。
そして、最後に石清水八幡宮へ。
さすがに元宮司さんの奥様。
お顔見知りばかりだったようで、宮司さんに案内していただき、
八幡宮の由来など、ご丁寧に説明して下さいました。

私が政治の世界に足を踏み入れ、右も左もわからない中で
たくさんのことを教えていただいた、
私にとっては、いわば政界の母のようなお二方。
もう政治の仕事はされてませんので、なかなかお会いする機会がありませんが、
こうして訪ねて来てくださることを本当にうれしく思います。
帰りがけに「八幡って本当に良い所ね」と言ってくださいました。
また是非、お美しい着物姿で来ていただきたいです。


2006年11月06日
絶不調

昨日は、毎週の事ながらソフトボール。
ここ最近、夏の絶好調はどこへやら・・・。
昨日も3打数1安打といまいちです。
しかし、チームは12対0と完封勝利。
秋の大会も残すところ1試合で、いまだ負け無し。
来週勝てば全勝優勝です。
来週、私は試合には参加できませんが、もし勝った場合、
私達AチームをBチームがお祝いしてくれるそうで、
夕方から鍋パーティーだそうです。
これには参加できそうなので、Aチームの皆さん頑張って下さい!!

夜は妻の実家へ。
夕飯をご馳走になり、泊めていただきました。
3人そろって、川の字で寝るのは久しぶり。
子どもの寝顔を見るのは何より幸せです。


2006年11月07日
4LOM合同新旧役員会

昨日は、決算特別委員会の質問作り。
私は、決算特別委員ではありませんが、
今回、会派を代表して出ていただいている
先輩の森川議員が私の質問もして下さいます。
今後のコミュニティーバスについて、本市の虐待の把握状況についてなど
およそ15項目ほど質問原稿を作成しました。
決算特別委員会は11月1日に視察が行われ、
本日7日から審議が行われます。

夜は青年会議所の4LOM合同新旧役員会に出席。
LOMとは1つの会議所という意味で、
4LOMとは宇治、城陽、山城、そして八幡の
京都南部4つの青年会議所のことです。
この4LOMで2006年度の役員と2007年度の役員の引継を行う
新旧役員会が城陽市で行われました。
京都ブロックは八幡も入れて13LOMの青年会議所で構成されていますが
この4LOMは南部地域の近隣LOMということで、
特に親交が深く、よく知った方ばかりです。
なかには、民主党の党員や、私の選挙看板を作ってくれた方など、
私が青年会議所に入会する以前から、お世話になっている方もいらっしゃいました。
因みに、昨日は出席されていませんが、京田辺・綴喜郡選手の
上村崇府議会議員も山城青年会議所の一員です。
それぞれ、様々な仕事をされていますが、
青年会議所から地域を良くしていこうという思いが強い方ばかりです。
みなさんのそれぞれの行政に対する思いや、まちに対する思いを聞くことが出来、
大変有意義な時間を過ごすことが出来ました。


2006年11月09日
職場体験

最近、パソコンの調子が悪いので、一度パソコンに
入っているデータを整理しようと、
昨日は朝から、枚方市の電化製品量販店へ。
USBメモリーやCD-Rなどを買いに行きました。
そこで、すれ違った店員さんが、とても元気な声で
「いらっしゃいませ」と声を掛けてくれました。
気持ちいい挨拶だなと思い、通り過ぎかけましたが、アレッ?
中学校の制服を着ています。
振り返ると、胸に○○中学校職場体験事業という名札をしています。
その生徒さんの様子を見ていると、お客さんが来られたら、
本当に元気な声で挨拶をしながら、一生懸命、商品を雑巾で磨いていました。
この職場体験事業は八幡市でも行われており、
9月議会では質問もさせていただきましたが、
実際の様子を見るのは初めてでした。

実は先日、山井和則衆議院議員から「ニート」という
一冊の本が送られて来ました。
6月議会で市のニート対策について質問をしたからです。
この本の中で、中学生の職場体験事業の効果が
大きく取り上げられていて、「働く」ということを中学生が学ぶことができ、
この事業を経験したあとから、学校での勉強やクラブ活動、
意識の面でも良い意味で変わってくるそうです。

この職場体験事業で、全ての生徒さんが何かを感じ取り、
今後の進路や生活に活かせるよう頑張って下さい。


2006年11月13日
次男誕生

先週の金曜日から妻の体調がおかしいということで
妻の付き添いをしていました。
病院にも行きましたが、まだ早いということで妻の実家に戻り、
一昨日11月11日、朝からやっぱりおかしいということで、
再度病院に。
すると、そのまま入院ということになったのが午前10時頃。
陣痛が始まりました。
いよいよ次男誕生です。
長男誕生の時と同様、朝から分娩室に妻と入り準備は万端です。
1人目より2人目の方が楽だというので、
妻もリラックスムード。
吉本新喜劇を見ながら、出産に備えていましたが
午後2時頃から妻の様子が急変し出産態勢に。
しかし、助産婦さん曰く、「出産が逃げていったみたい」の言葉通り、
苦しんでいた妻はどこへやら・・・。
苦しみのなかにも余裕を持つ妻と談笑していましたが、
午後6時頃から、再度大きな陣痛が襲ってきたようです。
長男を出産したときよりも、苦痛に顔を歪める妻の姿が、
今回の大変さを物語っていました。
人がどうやって産まれるのか、自分がどうやって産まれてきたのかを
見せてあげたいということで、長男も出産に立ち会いましたが、
苦しむ妻を見て、長男も心配そうに見ながら
「母ちゃん頑張れ」と応援していました。

そして19時50分。
身長47.7cm、体重2825gの元気な男の子が誕生しました。
2度目の経験ですが、言葉では表現しようもないほどの感動で、
自然と涙が出てきました。
とにかく無事に産まれてきてくれた子どもと、
長時間頑張ってくれた妻に感謝です。
「母強し」と言いますが、女性の強さを改めて感じました。

次男の名前ですが、前にこのブログで書いていたように
1.国語辞典に載っていること
2.「心」を入れること
ということで、「鉄心(てっしん)」と名付けました。
鉄のように堅固な精神という意味です。
折れない心を持った強い子に育ってほしいと願っています。



2006年11月16日
退院

次男が誕生してから病院で宿泊したり、実家に帰ったりと
なかなか家に帰ってませんでしたので
ブログを書くことが出来ませんでした。
昨日、妻と次男が無事に退院しました。
ただ、次男が聴覚検診で左耳の検査に引っかかってしまい
1ヶ月後に再検査をすることになりました。
少し心配ですが、それ以外は母子共に健康です。
退院後、そのまま妻の実家に行き、
昨日は私、妻、長男、次男が初めて揃い
4人で就寝しました。
特に長男は入院中、妻の実家に預けていたので
寂しい思いをさせていましたが、
昨日はよく眠れたようです。
久しぶりに長男と1日過ごしていると
幼児なりに気を使っているようで、
わがままを言うこともなく、
少し見ない間にお兄ちゃんになった気がしました。
そんな長男がとても愛くるしく思えます。
どうしても次男に手が掛かると思いますが、
長男に寂しい思いをさせないように
夫婦で気を付けながら子育てしていきたいと考えています。


2006年11月18日
出生届

昨日は朝一番に城陽の妻の実家に行き、
妻から母子手帳、出生届、健康保険証を
預かり市役所へ。
この日は決算特別委員会の教育委員会の
審議が行われていたので傍聴。
やはり、いじめが大きな社会問題となっているせいか、
相談体制に関する質疑が多かったように思います。

昼食後、出生届を提出に。
異動届、国民健康保険、育児手当、乳幼児医療の
4つの申請をするため、4つの課へ行き、
それぞれ書類を作成し提出しました。
よく市民の方からご指摘を受けるのですが、
この4つの申請を提出する際に
氏名、住所、子どもの名前など、
同じことを何度となく記入しなければなりません。
これだけITが進んでいるなかで、コンピューターで
処理できないのかと何度も言われていますが、
一度、担当者に聞いたところ、
書類の重要性やシステムの問題などで、
困難だそうです。
結局、全ての申請に1時間近くかかりましたが、
無事に次男が八幡市民の仲間入りをしました。

このブログを読んでいただいている職員さんや、
出生届を提出している姿を見られた職員の皆さん方から
祝福の言葉をいただきました。
本当にありがとうございます。


2006年11月19日
京都新聞

京都新聞の山城ワイドという地域面で、
議員のしごと「統一地方選を前に」というシリーズが組まれており、
昨日(11月18日付)は私のことが書かれていました。
テーマは20代-30代で見出しは「同世代の声、届けたい」とされていました。
この記事にあたっては、11月1日に2時間ほど
取材を受け、政治に関わるキッカケから立候補に至るまで、
当選から現在までの話をさせていただきました。
こういった取材は初めてでしたので、
大変緊張しましたが、政治の世界に関わって9年間の
話を思い出すうちにその時々の行動や言動を思い出し、
どんな気持ちで活動してきたのか、
どんな気持ちで市議会議員に立候補をしたのか、
再確認をすることが出来ました。
やはり、今回の京都新聞の見出しの通り、
同世代の声を市政に届けることを大きな柱として
取り組んできたつもりです。
記事のなかで書かれていましたが、
いろいろな立場の幅広い年齢層がいた方が
住民の皆様の意見を政治に反映できると思っています。


2006年11月21日
玉置一弥前衆議院議員

19日のブログでも書きましたが、京都新聞の取材を受け、
私がお世話になった方、影響を受けた方がたくさんいることを
改めて思い返すことが出来ました。
そんな方々についてご紹介していきたいと思います。
第1回は玉置一弥前衆議院議員です。

私が初めてお目にかかった国会議員が玉置先生でした。
とにかく国会議員というだけで、緊張しまくったことは
よく覚えています。
玉置先生が京都に帰られた際には、
最も同じ時間を過ごした秘書が私だと思っています。
とにかく、自動車の運転と目的地までの経路には
厳しい指導を受けました。
この時間なら、どこを通るのが速いとか、ブレーキのタイミングまで
ご教授いただきました。
実際、同志社大学の自動車部に在籍しておられたので、
運転も上手でしたし、誰も通らないような道までよく知っておられました。
私の人生において、カーナビを必要としないしない人NO.1だと思います。
私が8年前に車を購入したとき、その日の全ての日程が終了し、
「ちょっと乗らせてくれ」と言われ、すぐに戻って来られるだろうと「どうぞ」と言うと
1時間ほど帰って来られなかったほど車が大好きな方です。
秘書になって車の運転に関して何も言われなくなるまで
2年はかかったと思います。
そんな玉置先生が立候補を決意した私に言った言葉が
「あれは私が要望したから出来ましたなんてことは言うな」と
「人のことを悪く言うな」でした。
「議員として市民の皆さんの要望にお応えするのが仕事であり
誰がやったとか誰がやらないではなく、自分がどうしたいのか、
どう考えているのか未来を話せ」とお教えいただきました。



福山哲郎参議院議員

お世話になった方、影響を受けた方第2弾。

そもそも、私が玉置事務所にお世話になったのは
福山哲郎参議院議員が初めて参議院議員に
立候補されたときに玉置事務所の人員補充のような形で、
アルバイトをさせていただいたのがキッカケです。
当時、福山さんは35歳。
今でこそ、私も含めて20代や30代の議員さんが多くなりましたが、
当時は「こんな若い人が国会議員を目指しているんだ」と
感じたことを覚えています。
全く政治に興味の無かった私にしてみれば、
TVのドラマなんかでも政治家と言えば赤坂の高級料亭に
黒い車で行き、おいしいものたくさん食べながら、
表では言えない話をしている太った方というイメージがありました。
そのイメージを払拭して下さったのが福山さんです。
当時流行しだしたカラーシャツを着て、スーツに青いナイキのシューズ。
視覚に訴えるだけでも若いというイメージがピッタリでした。
当時、アルバイトの私にも丁寧に名刺を下さって、
「この名前はこのまま勇気(ゆうき)って読むの?
すごくいい名前だね~」と言って下さったのを覚えています。
今でも福山さんが私を呼ぶときは「勇気くん」です。
そのせいか民主党の京都府連のなかでは
名字よりも下の名前で呼ばれる事が多いです。
一度、府連に電話を入れて「田辺ですけど」と言うと、
「ハッ?」と言われ「勇気です」と言うと「なんや~勇気君か」なんて
言われたこともありました。


2006年11月23日
同窓会を開くことに

偶然が重なることはたまにありますが、
昨日の偶然はすごかったです。
京都銀行のATMに行ったのですが、
振込作業をしていると、少年野球時代の先輩が来られ、
「おう!頑張ってるか」と声を掛けられ、
次に自動ドアが開いたと思ったら、
ソフトボールで同じチームで京田辺にお住まいの方が
仕事帰りに寄られたそうで「おう!偶然やな」と声を掛けられ、
次にまたまた自動ドアが開いたと思ったら、
中学校時代の同級生のお母さんで
「あら!田辺君。議会だより見てるよ」と激励をいただきました。
3人の方に「お先です」と挨拶をし外に出ると
今度は小学校時代の同級生の女友達に会い、
「頑張ってるらしいけど、全然連絡無いやん」と
お叱りを受けました。
そのまま、その女友達と話し込み、
同窓会をやろうということになりました。
「女の子は私が連絡取るから、男はお願いな」と
強引に幹事にされ、同窓会を企画することになりました。
早速、私の選挙の時に事務局長をしてくれた
玉置事務所でも共に働いていた同級生に電話を入れ、
夜、わが家で打ち合わせを行いました。
昔の話で盛り上がりながら、随分とお酒が進みましたが、
みんなに会えるのも、当時の担任の先生に会えるのも
とても楽しみです。


2006年11月24日
上村崇府議会議員

お世話になった方、影響を受けた方第3弾。

先日、福山参議院議員のことを書きましたが、
福山さんが初めて参議院議員に出馬されたときに、
選挙事務所でお目に掛かったのが、上村さんとの初対面。
その時にある方から「次期京田辺市議会議員候補や。」と
ご紹介を受けました。
自分とあまり年の差を感じない方が市議会議員候補と聞いて
驚いたのと同時にどんな方なのか非常に興味を持ちました。
その後、大した接点もないまま平成11年の統一自治体選挙で
本当に立候補される際に、先輩秘書と上村事務所に
伺ってから、本格的なお付き合いが始まりました。
上村さんは私より4つ年上で、当時26歳での立候補でした。
とにかく上村事務所には、私と同世代ぐらいの若い人が
集まっていて、いざ選挙が始まると
「上村君のトップ当選は確実や」という情報が耳に入りました。
将来議員になることなど夢にも思っていなかった私にしてみれば
「すごい兄ちゃんやなあ」と思っていました。
そして投票日。結果は3000票を越える得票でダントツのトップ当選。
しかも、2位当選の方が約1500票の得票でしたので、
2位との差は倍です。
同世代の方が、それだけの期待を受けたことに
改めて「スゲエ!!」と感動しました。
その後も年が近いこともあり、とてもよく可愛がっていただき、
私に立候補の話があったときも「一緒に頑張ろう!」と
言っていただきました。
京都南部(京都6区)で私のような若い議員が立候補できたのも
上村さんが作ってくれた道だと思っています。
現在は府議会議員をされていますが、
私が最も身近に感じ、最も影響を受けたのは
上村さんであることに間違いありません。


2006年11月26日
原稿作り開始

24日は朝から12月議会の質問作りに取りかかりました。
3月議会は代表質問ですので、
おそらく、この12月議会での一般質問が
今任期中の最後の一般質問になると思われます。
ということで、気合いを入れて1日中、原稿作りに励みました。
夢中になると時間感覚がわからなくなるのが
私の欠点でもあります。
昼食でも食べようかと時計を見ると15時前でした。
中途半端な時間ですので、夜まで我慢することに。
夕方からは妻の実家に行き夕食をご馳走になり、
そのまま宿泊させていただきました。

翌25日は特に予定もありませんでしたので、
1日長男のお相手をすることに。
私の実家へ連れていき、私の両親と義理の妹、甥っ子と
昼食を食べに出かけ、そのまま買い物へ。
息子が私の母へおもちゃをねだると
母の財布の紐もついつい緩くなってしまうようです。
息子も誰にねだればいいかよく知っています。
夕方、妻の実家へ息子を送っていきました。
子どもの相手は疲れますが、
子どもの笑顔に癒されて、リフレッシュできた1日でした。


2006年11月27日
パレード・ワィワィミーティング

一般質問の原稿作り、青年会議所の事業計画書作りに
追われる毎日です。
昨日は朝から美濃山小学校で自治連合会主催の
安心・安全パレードが開催されパレードに参加しました。
約1時間欽明台周辺をパレードした後、
美濃山小学校体育館でアトラクションも行われましたが、
私は失礼をし、青年会議所主催で
「山田啓司知事とワイワイミーティング」の
行われた京都テルサに向かいました。
このワイワイミーティングで、
青年会議所京都ブロックの13の地域の各理事長と
京都ブロック会長、そして知事によって
今、大変問題となっている青少年を取り巻く問題等に
ついて話し合われ、私達が各地域で運動することの
重要性を改めて考えることが出来ました。
そのなかで、長岡京市で起きた児童虐待についても
知事が触れられていましたが、12月議会では
児童虐待に対する八幡市の現状について
一般質問をしようと考えています。


2006年11月28日
ウルトラマン

昨日も原稿作りに取り掛かっていましたが、
いろんな電話が入ったり、来客があったりと
落ち着かない一日でした。
また、夜には青年会議所の会議があり
頭をかきむしる日が続いています。
これも青年会議所でいう「修練」です。

ところで、昨日の夕方、注文していたDVDが届きました。
実の所、私はプロフィールを見てもらうとわかるように
体育会系に見られがちなのですが、
結構、家の中で一人きりで出来る趣味も多く持っています。
何を隠そう、私は特撮マニアなのです。
子どもの頃からウルトラマンが大好きで、
フィギュアを集めたり、現在、毎日放送で放送されている
ウルトラマンメビウスは長男と共にビデオに撮ってまで見ています。
その影響か、長男は2歳にして怪獣博士になりつつあります。
昨日届いたのは「ウルトラマンをつくった男たち」という
1989年にTVで放送された制作者側のTVドラマです。
「特撮の神様」と言われた円谷英二氏。
そして、「子どもだからといって手を抜いた作品にしたくない」と
番組作りに取り組まれた大人の姿を描いた作品です。
時間のある時にゆっくり楽しみたいと思っています。
ただ、長男には見せることが出来ません。
長男はウルトラマンが実在すると思っているので、
このDVDを見せると夢を壊すことになります。
現実を教えることが将来の為と言われる昨今では
ありますが、子どもだから、今持っている夢を大事に
育ててやりたいと思います。
現実を教える機会は、もっともっと先で良いと思っています。


2006年11月29日
勉強

昨日も朝からパソコンに向かい、原稿作り。
原稿を作るためにより多くの情報を収集するため
インターネットをしている時間の方が長くなり、
原稿の進み具合はあまりよくありません。
しかし、こういった情報収集が大事な作業のひとつです。
午後からは市役所に寄り、前日の議会運営委員会、
会派代表者会議の資料を確認し、
すぐに青年会議所の先輩の職場へ。
様々な事業を計画しなくてはならない立場になり、
今現在、4つの議件を抱えています。
私は役職の割には会員歴が浅いため、
経験豊富な先輩から教えていただくことがたくさんあります。
議員としても勉強しなければならないことが山積みですが、
JCマンとしての勉強も山積みです。
議会、JC、選挙の準備、さらには12月に入ると
忘年会で師走は予定がいっぱいです。

夜は妻の実家へ。
次男が3000gを越えたそうで、見た目にも
頬のあたりがふっくらしてきたのがわかります。
へその緒もきれいに無くなり、目を開けている時間も
徐々に長くなってきました。
妻の実家に行くときは
長男と風呂に入れることと
お義母さんのおいしい料理を食べられることが
とても楽しみです。


2006年11月30日
散乱

昨日は午前中から市役所に行き、
一般質問の原稿作りと調査のため担当部署へ。
様々なことを教えていただきながら、
意見交換をさせていただきました。
午後からは青年会議所の事業計画作りです。
前日にも書かせていただきましたが、
4つの議件を抱えていて、計画書を20時30分の会議に
間に合わさなければならず、四苦八苦です。
ここ数日、パソコンとにらめっこが続いているせいか、
目の疲れが続いています。
最近、また視力が落ちてきているように思います。

ところで、1人暮らしが始まって1ヶ月が過ぎした。
わが家は文字通り足の踏み場もないほど、
いろんな物が散乱しています。
特に私のパソコン周りは新聞や資料が溢れています。
一般質問を行うときはいつもです。
ただ、1人ですので、間違ってゴミ箱に捨てられることもなく、
子どもに落書きされたり、破られたりする心配がない分、
この散らかり方は過去最高ではと思われます。
今、抜き打ちで妻が帰って来たら、さぞ驚くことでしょう。
妻が帰って来るまで2週間。
まあ、まだ時間は十分残されています。